| 私の店づくり 〜そばの街邑楽に向けて〜 邑楽町 そば勝 大谷 勝久 さん |
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■お店をはじめたきっかけを教えて下さい。
私は生まれも育ちも邑楽町で、両親は農家をやっていました。春は小麦、秋はお米を作っていたのですが、小さい頃から小麦は製粉所に持っていき、できた粉を持ち帰り、うどんを作って食べていました。
学校卒業後は民間企業に勤めていましたが、帰宅が遅い両親のために、うどんやそばを作って夕食の用意をしていました。そばはつなぎが難しく、ゆでると短く切れてしまっていました。それでも手打ち麺というだけで乾麺とはぜんぜん違ったおいしさだったので、よく作っていましたね。
18歳のときに父が亡くなり、法事などの行事に父の代わりに出席するようになりました。40歳のときに出席した法事で、出てきたおそばがあまりにもおいしくて感動したんです。一体誰が作ったのかと思って聞いてみると、隣にいた70歳くらいのおばあちゃんが作ったというんです。とても驚きましたね。それで思ったんです。70歳のおばあちゃんにこんなにおいしいおそばが打てて、40歳の自分に打てないわけがないと。それから本格的にそば打ちをするようになりました。
まずは色々な場所からそば粉を集め打ってみることから始めました。割り粉の分量も色々と試しましたね。またつなぎには一般的に卵や山芋を使うんですが、それ以外のものもたくさん試しました。
40歳で本格的にそばを打つようになってから、ようやく人前に出せるものになるまで、6〜7年はかかりました。そして52歳のときに、転機が訪れました。ちょうど父親が亡くなった年齢が52歳だったんです。親父よりも長く生きたし、これからは自分の好きなように生きてみてもいいんじゃないかなって思ったんですよ。それまでは冗談半分、本気半分で「定年になったらそば屋をやる」なんて知人に言ってましたが、実際に定年になってからそば屋を始めたのでは遅いんじゃないかなとも思ったんですね。3人の子どももあと1年で全員自立という時期でしたし、早期退職して、退職金を資金に家の敷地内に店舗を構え、退職から半年後の10月に「そば勝」を開店しました。今月で開店14年目になります。
■外観や内装に木を使っていて、とても素敵な雰囲気ですね。
外観は、まわりが田舎なので外の雰囲気と合うように板張りの山小屋風にしたんですよ。板の打ち付けはほとんど自分でやりました。開店一年目はすきま風が入ってとても寒かったですが、2年目からは内側に断熱材を入れて温かくなるようにしました。
客席の椅子は、敷地内に立っていた栗の木が倒れてしまったので、それを利用して椅子にしたんですよ。個々の椅子を全部つなげると、ちょうど丸一本の栗の木になっています。
また店内に展示してある写真は、多々良沼をPRしようとして飾り始めたもので、年に2〜3回入れ替えをしています。白鳥の写真が多いですね。自分で撮ったものの他に、お客さんから頂いた写真もあります。その他、白鳥の飛来数を書いているホワイトボードは、自分で数えに行ったり野鳥の会の人に聞いたりして数日に1回のペースで更新しています。
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大谷 勝久 さん
生まれ育った邑楽町で、そば屋を営業する傍ら、すぐ近くの「多々良沼自然公園を愛する会」の会長も務めている。

倒れた栗の木を使用したという温かみのある木の椅子。
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おすすめの天もりそば。菊の花など季節のものの天ぷらを頂ける。
■多々良沼周辺マップが店内に置いてありますね。
7、8年前に実費で製作を始めたものです。お店が分かりずらい場所にあり、知る人ぞ知るそば屋だったので、マップがないと人に教えるときなんかに分かりづらいかなと思いましてね。
多々良沼がすぐそばにあるので、多々良沼周辺の観光情報も取り入れたマップにしました。多々良沼は毎年11月から翌年3月まで白鳥が飛来するんです。白鳥のいる沼から昇る初日の出はとても綺麗ですよ。私は「多々良沼自然公園を愛する会」の会長もやっています。元旦は、公園の弁天様の初詣で地区の有志と甘酒を配ったりしているんですが、毎年人出が増えていて、今年は約600人もの人出がありました。 |
■おそばに対するこだわりを教えて下さい。
麺の幅からだしに使う昆布まで、試行錯誤を重ねてたどり着いたこだわりの一品です。麺の幅はおいしさに関係ないと思う方も多いかもしれませんが、幅というのもおいしさに影響してくるんです。これだと思う幅を見つけるまで、太くしたり細くしたりと試行錯誤を繰り返しました。店を始める何年か前からは、お世話になっている人たちに年越し蕎麦を配っていて、その反応や感想も参考にしました。最終的にたどり着いた麺は、幅広で薄い麺です。噛む力が少なくてすむので、お年寄りでも食べやすいですよ。
そばつゆのだしに使う昆布は、開店当初に使っていたものを、途中で違う種類のものに変えました。ずっと同じものを使い続けるのではなく、時代時代にあった味に進歩し続けていかないといけないなと思うんです。最近のお客さんの舌は肥えていますから、少しずつ味覚も進歩していて、その味にこちらはやっと追いつくかんじです。
また私は他のお店で修行をしたわけではなく、そば作りに関しては全くの独学なので、素人なりの工夫も重ねなければならないかなと思っています。天ぷらの揚げ方は、店を開く前に少しだけ教えてもらいました。海老をそのまま揚げると背が丸くまがってしまうので、海老がまっすぐに揚がる包丁の入れ方や天ぷら粉のゆるさなど、テクニック的な部分です。

大谷さんが独自に製作している「多々良沼公園周辺マップ」。 |

白鳥の写真や、飛来数のボードを飾ってある店内。
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■苦労する点は何ですか。
毎日同じそばを打つのに苦労しています。温度、湿度でそばの固さというのは変わってしまうんですね。家族で食べる分にはいいですけれど、人様からお金をもらって出すにはそうはいきませんから。
そば粉4キログラムに対して、水が10グラム違うだけで固さが変わります。夏と冬でもだいぶ水の量が違いますね。微調整を加え、毎日同じ固さのそばを出せるよう努力しています。
■今後に向けての抱負をお聞かせください。
邑楽町が、そばの街として有名になればいいなと思っています。邑楽町は、小さい町ながら知るだけでも10軒はそば屋があります。近隣の館林、桐生は“うどんの街”、太田は“焼きそばの街”、佐野は“ラーメンの街”で有名ですよね。元々、東毛は粉食文化の地でもありますから、周辺地域のようにぜひ邑楽町を“そばの街”として有名にしたいなと考えています。邑楽町は単にそば屋が多いだけでなく、町内の赤堀という所ではそばの生産も行っていますからね。地産地消のPRもできると思います。地元のあいあいセンターでは、そば粉を販売したり、地元農産物の販売を行ったりとまちおこしの活動をしています。あいあいセンターやそばの生産組合も一緒になって、“そばの街”実現に向けて取り組んでいけたらいいなと思います。
活動が実って“そばの街”が実現したときに、恥ずかしくないお店でいられるよう、まずは個店が努力しなければなりませんけどね。
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■「今月の商人」
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●取材を終えて●
店内の写真やマップを拝見し、そばへの思いだけでなく、多々良沼公園や白鳥など、地域に対する強い思いも感じました。(横)
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